2008/06/22

犬の水泳

The swimming of the dog

   I want to swim.

ヒトは泳ぐ前に準備体操をするが、リリーは泳ぐ前に水の匂いを嗅ぐ。



ヒトはもっぱら泳ぐ自身に最大の関心があるみたいだけど、犬は、泳ぐ環境の方が気になるみたいだ。


水泳大好き


リリーは雑種だが、ゴールデンレトリバーの血も受け継いでいるので、指の間の皮膚が水かき状に発達している。

そのせいなのかどうかはわからないけれども、リリーは水を恐れない犬だ。
泳ぎが好きで、しかも得意。

前足で水をキャッチしてストローク、後ろ足でキック。
ヒトのやり方で言えば、顔出し平泳ぎかな。

泳ぎも歩くのと同様、生まれたときから身についている能力なのだろう。

だが、リリーはお魚さんではないので、泳いだままどっかへ行って野生の世界に帰る、ということは無い。
「野生の世界に帰る」という言い方も変だね、もともと野生では無いのだから。

泳いだ後は陸に上がって、私達のそばへ戻ってくる。

犬が泳ぐという行為は、お散歩の歩きと違って、かなり野生度が高い、と思う。

非野生的な近所の町中のお散歩コースに、泳げる川は流れていない。
リリーは、泳ぎを暮らしの本拠とするお魚さんではない。
自然のなかでの非日常的な運動は、やっぱり、野生度が高いと言える。

だから、自由に憧れるリリーは泳ぎによって野生的な刺激を味わい、そのまま自由への道である野生の世界へ突入するかといえば、そうはしない。
泳ぎも本能なら、野生では生きていけないという自覚も本能なのだろう。

山が好きで、うれしそうに山の中を駆け回る。
川があると飛び込んで泳ぎ回る。
自然が好きで、自由な野生の生活に憧れているように見えるが、実のところヒトと同じ。
遊びとしてのアウトドアライフを楽しみたいのだ。

アウトドアライフを楽しむことにかけては、ヒトよりも先駆的かも知れない。

そりゃそうだ、犬は遊びの天才だもの。
稼ぎが無くても暮らしていける犬は、暮らしのすべてが遊び。
噛みつくことも、吠えることも、家の中のいろんなものをかじることも、みんな遊び。
ヒトの幼子がそうだったように。

じゃ、自由への憧れも遊びなのか?
そのどちらも、同じレベルで、「本気の遊び」なのかも知れない。
というか、犬はいつでも、どんな事に対しても本気だね。
行いや物言いに冗談が混じるのはヒトだけさ。




  I can swim.




  I swim well.



 I am good at swimming.



  I like swimming.



  Oh, comfortable! 



  Good river! 




Do you jump into the river this time?

おい猿オヤジ、能書き言ってないで、今度はお前が飛び込んでみな。