2007/09/17

リリー


ワン子の名前はリリー。

雌犬。

ちょくちょく山へ連れて行っているから、リリーも少しは山に慣れてきたようだ。

以前は、山の中で私たちの側を離れなかったが、今では、独りであたりをうろつき回るようになった。

もちろん、私たちを中心にした一定の範囲内での独り歩きなのだが。

前に歩いたことのある森の中の遊歩道なんかは、独りでどんどん先に進んでしまう。
そして、道の分岐点で立ち止まって、振り返り、私たちをじっと待っているだ。
自分の頭を、これから私たちが向かおうとしている方へ向けながら。


近所に老犬がいて、癌なので、もう先が長くないらしいのだが、このごろ、夕方になるとよく吠える。
そのしわがれたような鳴き声に、リリーが吠えて応えるようになった。
ちょっと「吠え交わし」のやりとりが続いた後、リリーは、また独りの世界にもどる。

一心に骨の形をした「ガム」を噛んでいる。

しばらくして、また老犬が吠える。
口からガムを落として、顔を上げ、リリーが応える。
一点を見据えて、顎を上下に振りながら、吠え声を上げる。
夕暮れの静かな住宅街の中空で、犬の声が行き交う。

私たちには、「ワンワン」としか聞こえない。

それは、山の中で突然吠えるワンワンとも違う。
公園で出会ったお散歩途中のワンちゃんに吠えるワンワンとも違う。
散歩やご飯を要求するワンワンとも違う。

私たちには違うということしかわからないが、リリーは、耳を澄まして、じっとして、ただ吠え交わすことに執心している。