犬の糞の後始末を訴えた看板。 |
写真は、近所にあるふたつの公園の、犬のフンについての看板。
上の写真の看板は、プリントした紙にラミネート加工し、周囲にビニールテープを貼って合板に固定したもの。
看板製作の専門業者に依頼したものと言うよりは、公園管理業者の手作りのものという色合いが濃い。
マンガチックな犬のイラストが、看板の印象を柔らかいものにしている。
ところで、この類いの看板というものは、マナーを守る人の目にばっかり入って、マナー違反の飼い主の目には入らないものらしい。
犬のフンの放置に徹している飼い主には、この看板の文句では効き目がないようだ。
目を素通りして、看板の内容が頭に残らないから、フンの放置が無くならない。
公共のマナーとは、他人を思いやる気持ちから発生するものだと思う。
他人の不快感に対して、自身の感情移入があってはじめて公共のマナーは実現される。
不快感を放置することに何の感情も湧かないヒトに対しては、看板は無力のようだ。
案外これは、この公園には犬の糞を放置する飼い主が少なからずいるようなので、一般の公園利用者は犬の糞に気をつけるようにという注意を促している看板なのかも知れない。
そうなると、公園利用者は犬連れの散歩者に自然と目を向けるようになる。
どの飼い主がウンチを放置している当人であるのか、と詮索の眼差しを向ける。
心当たりのある飼い主は、公園利用者の監視の目を恐れて足が遠のき、公園の放置ウンチも次第に消える。
手作り看板を作った公園管理者の労力も報われるというものだ。
こちらの看板は、ベニヤ板を白塗装して黒い文字をシルク印刷したものと思われる。
過去に、専門業者によって大量に作られたもののひとつがこの公園に残っていたのだろう。
「青森市」と署名が記されているが、市の公園を管理する部署が作ったものなのかどうかは不明だ。
看板が更新されていないから、この公園ではフンの放置問題が皆無なのかといったら、それはあり得ない。
古いまま放置されている看板が、ただ郷愁を誘うのみである。