ここが私の砦。 |
リリーは残雪の上を登って、山の頂上の近くの大岩の下にたどり着いた。
ここが私の砦。
山頂直下の急傾斜地の壁に、犬が一匹横たわることが出来るぐらいの平らな場所がある。
ここが私の砦。
とリリーが言っているようだ。
見晴らしが良くて快適で、誰にも知られない場所。
その日、初めてこの場所に来て、そう思った。
初めて訪れた場所なのに、以前から知っていたような懐かしい場所。
それが私の砦だ。
リリーの記憶とは、時間を遡る事では無い。
リリーの記憶は、いつも空間に形づくられる。
だから、リリーの行く先々に記憶の砦がある。
山の窪地や、岩棚の下や、大樹の空洞や、崖の洞穴がリリーの記憶の砦。
ただひと時の、一瞬の砦だ。
だから、ここに棲む事は無い。
いっとき身を置いて、すべて解った。
ここの、この場所にリリーは記憶を置いて、また砦探しの道を辿る。
砦から砦へと、自由に渡り歩く。
時間とは、渡りさ。
空間とは、自由さ。
リリーは、すべてが解った。
なぜ、山に来たのか。
なぜ、この街を歩いているのか。
なぜ、この家に棲んでいるのか。
自由な砦を見つけては、いっときその中に身を置いて、渡り歩く。
自由な自分を発見する喜び。
懐かしい山の砦。